6月のおはなし ~仏と神に守られて~

6月4日は、日本で天台宗を開かれた伝教大師最澄さまのご命日です。ご命日には寛永寺だけでなく日本各地の天台宗寺院で、最澄さまを讃える「山家会(さんげえ)」という法要が営まれ、最澄さまの遺徳を称えます。

さて、最澄さまが法華一乗の教えを求めて遣唐使船に乗り、中国(当時は唐)に渡ったことは広く知られています。実は最澄さま、渡航の直前に九州・豊前国(賀春)の神宮寺や、宇佐八幡に参詣して渡航の安全を祈願しています。神宮寺は仏さまも神さまも祀られたお寺、宇佐八幡はもちろん神社です。なぜ最澄さまは神さまも大事にされたのでしょうか。

現代でこそ神社とお寺は分けられていますが、日本人は古来仏と神とを別々に考えたわけではありませんでした。確かに日本に仏教が伝わった頃は、政治的な権力争いに利用されたためか、仏教派と神道派に分かれたこともあります。しかしこれは一時的なものであり、神さまと仏さまどちらも大切にしてきたのが日本なのです。

さらに近年わかってきたことですが、仏さまと神さまをどちらも大切にするという考え方(「神仏習合」と言います)は、日本だけではなく、アジアの各地で見られることがわかってきました。つまり最澄さまは中国に渡ったことによって、神と仏にずっと守られているという安心につながったことでしょう。こうして最澄さまが無事に日本に戻ってきたことで、現在の天台宗の礎が築かれたのです。

菩提寺だけでなく、近所の氏神さまや道祖神、また庚申塚にお地蔵さまなど、ちょっと歩くとさまざまな神さま・仏さまがいらっしゃることに気づかされます。また初詣はお寺で七五三は神社など、神社仏閣どちらにも足を運ぶことに、私たちは何も違和感はないはずです。つまり私たちの日常は仏さまと神さま一色の世界であり、どちらにも守られていることになるのです。こうしたありがたさを、最澄さまのご命日にあたり改めて感じ入りたいものです。

境内にも多くのお地蔵様がいらっしゃいます